九
出陣していたメンバーが帰ってきたのを知らせる様に、屋敷の入り口が賑やかになる。
広間でタブレットを眺めつつ情報を纏めていた手を止め、彼らを迎えに行く。怪我をした子がいないかが気になって、この時はいつも小走りになってしまう。
「おかえりなさい!」
「帰ったぜ、大将」
隊長を任せていた薬研が言う。彼の後ろにいる他のメンバーも傷ついている様子は無く、ついため息が漏れる。
「問題は何も無く、順調そのものだぜ。それとこれ、土産だ」
差し出すのは、大ぶりの刀。自分の身長よりも大きいかもしれないそれを軽々と抱え、薬研は不敵に笑った。
「大太刀だぜ大将。お初だろ?」
「お、大太刀……」
ぼんやりとオウム返しに呟く。確かに今日行ってもらっていた安土では大太刀のドロップが見込めるという情報は得ていたけれど、まさか本当に手に入るとは考えてもいなかった。
その大きな刀をそっと受け取る。予想以上に重く、隣にいた山姥切が手を貸してくれた。
「大丈夫か」
「う、うん。ありがとう……。えっと、一先ずみんなはお風呂に入って体を休めてね」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
薬研たちはお風呂へと向かう。ぼうっとしたまま大太刀を抱える私に、山姥切は困り顔で聞いた。
「…で、どうするんだ?呼び起こすのか?」
「あ………うん、そうだね」
「分かった。じゃあ蜂須賀を呼んでくるから、先に鍛冶部屋に行ってろ」
ぶっきら棒にそう言う山姥切の背中を見送って、大太刀を抱え直す。いくら慣れてきているとはいえ、流石に大太刀を呼び起こすのは大変かもしれない。また気を失うような事が起きてもおかしくはない気がする。
「……よし」
ひとり気を引き締め、鍛冶部屋に向かった。
呼び出した彼は、石切丸と名乗った。
案の定大太刀である彼を呼び起こすのは私にとって重労働だったらしい。気を失いはしなかったけれど、息は切れるし動悸もするし、大きな声を出した訳でもないのに物凄く喉が渇いた。足もあまり力が入らなくて、動いたらすぐにもつれそうだった。
「病気治癒がお望みかな」
名乗りに続いたその言葉があながち間違ってもいないような気がして、思わず半笑いになる。この疲労感を祓ってくれると言うなら有り難くお願いしたい気分だ。
「大丈夫かい、主」
「なんとか……」
声も掠れて答える私と、そんな私を気遣ってくれる蜂須賀を交互に見て、石切丸は合点がいったように頷いた。
「なるほど。きみの霊力はあまり大きくはないのだね」
「え……あ、分かるんだ…」
「私の本業の様なものだからね」
流石と言うべきか、私の力の弱さもすぐに見抜いた。その上で、石切丸は優し気に微笑んだ。
「主に無理をさせてすまなかったね」
「いえ……私こそ足りない主でごめんね」
「気にする事ではないよ。少し、休んでくると良い」
「うん、ありがとう。貴方の案内は五虎退に頼むから、よろしくね」
軽く会釈をして鍛冶部屋を後にする。大太刀と言う大きな戦力も加わった事で、彼らの戦い方もバリエーションが増えるはず。それをちゃんとサポート出来るよう、私もしっかりしないといけない。少し休んだらすぐに新しい刀装を作ろうと、ふらつく足に活を入れた。
*
石切丸の主となった娘は非常に弱々しい存在だった。彼にとって人間と言うのは誰も彼も弱い存在に思えたが、その中でも彼女は特に弱々しい。
麦で出来た帽子をかぶり、白い腕を晒して庭で作業をする彼女は一見穏やかで、健やかに見える。だがその魂は疲弊している事が、石切丸には感覚として理解できる。
自分は審神者として力が弱い、と自身で言った通りに、彼女の霊力は乏しい。本来は審神者としてこの様な場にいる人間では無い筈だ。この屋敷にいる刀剣男士たちの神気に馴染む事で誤魔化しているだけであり、彼女は日々その魂を削っている。
その事が手に取る様に理解出来たが、石切丸はそれを口にする事無く過ごしている。彼よりも先にこの屋敷に来ていた他の刀剣男士たちがその事実に気付いている様子を見せていない以上、新参である自分がしゃしゃり出て良い事ではないだろうと判断している。そして何より、審神者自身が今のこの生活を楽しんでいる様に見え、余計な茶々を入れるのが申し訳なく思えている。
「藤と桜と桔梗と椿が一緒に咲くってやっぱりちょっと不思議な感じだよね」
土を軽く均していた彼女が隣に立つ蜂須賀に向けていう。審神者の近侍である彼はその作業を手伝うつもりは毛頭無いようで、ただ傍で眺めているのみだった。
「そうだね。だがこういう光景も嫌いではないよ」
蜂須賀の言葉に安堵したように微笑む。今彼女が植えたばかりの鈴蘭もすぐにその花を付けるのだろうかと考えながら、不思議な庭を眺める。
審神者が主として過ごすこの屋敷の庭は、基本的に審神者が自由に扱って良いものだと言う。中には全く手を加えずそのままにしておく審神者もいるし、逆にひたすらに凝る審神者もいるらしいと、石切丸の主は語った。
彼女も花の種や木の苗を度々購入しては庭に植えているらしい。知識は全く無いという彼女の言葉通り、その植え方はどこか乱雑さも有り、風光明媚とは言い難い。だがどこか賑やかさすら感じるその庭を、石切丸は気に入っている。
特別花の好みが有った訳ではないと言う彼女は、まずは近侍である蜂須賀の好みを聞いたらしい。その結果植えられた藤は、その花を散らす事無く存在し続けている。
この庭は奥にある畑同様、四季に関わらずどんな種類の草花も育つと言う。その為本来は見られない光景がこの庭には広がる。やろうと思えば渡来の植物も問題無く育つらしく、いつだか審神者はチューリップでも植えてみようかと呟いていた。
「石切丸は何か好きな花は有る?」
汚れた手を軽く払いながら審神者が聞いてくる。石切丸は桜が好きだった。日本古来のその花は、やはり見ていると落ち着く。そう伝えると、主は振り返り淡い色を付けたその木を眺めた。
「やっぱり桜は良いよねぇ」
独り言の様に零す彼女の隣で、蜂須賀は審神者を気遣う様な視線を向けている。
近侍である彼は審神者の傍にいる事が多い。隊長として出陣している時以外はほぼ彼女の傍で過ごしている。元々そう言う態度であったと、古参の和泉守兼定は言っていた。だが最近は以前よりも更に世話焼きになったとも、彼は言う。
もしかしたら蜂須賀虎徹は審神者が魂を削っている事に唯一気づいているのかもしれないと、石切丸は考えている。だからこそ傍に寄り添い、その様子を注意深く見ているのではないかと。
気付いていながらも他の刀剣男士にそれを伝えていないのは、彼の意思か、審神者の意思か、それとも両方か。そこまでは石切丸も分からない為、結局口を挟む事は無く彼らの様子を見る日々を送っている。ただ審神者のその魂に限界が訪れた時は、出来うる限りの手助けをしてやろうと考えながら、石切丸は賑やかな庭を眺めた。