「我々はあなた方に期待はしません」

壇上の女性の辛辣な言葉に、思わず持っていたペンを落としかける。


能力を認められた人間の元に送られる政府からの指令書。世界大戦時代の物に準えて「赤紙」と呼ばれるそれを受け取った人間は否応なく日常を奪われ、審神者としての仕事に就くことになる。拒否権なんてものは存在しない。
ここに集められた三十数名、全員私と同じ様に殆ど無理矢理連れてこられた筈。
仕事が有ろうと、結婚していようと、政府はお構い無しに指令書を飛ばす。そうして集められた不運な審神者候補たちに指導役の女性は冷たい目を向けた。
「現在審神者が不足している状況です。これは政府にとって、そして日本にとって忌々しき事態です」
唖然とする私たちをそのままに彼女は続ける。
審神者となった人間は各時代に送られ、本丸と呼ばれる屋敷で暮らし、刀剣男士と言う刀の付喪神を得て彼らと共に戦う。基本的に審神者は戦場に立つことは無いので、その過去の世でいなくなる事は稀な事態の筈だった。
「審神者が行方不明になる事案が増えています。大きな原因はふたつ」
ひとつは、刀剣男士に殺される事。
無茶な運営を行い、刀剣男士を手酷く扱い続ける審神者は少なからず存在するらしい。当然彼らは刀剣男士の恨みを買い、最終的に殺されてしまう。主である存在を失うので、刀剣男士たちはその存在を維持できずただの刀に戻る。結果、政府としては戦う為の駒をまるっと失う事になる。
もうひとつは、神隠し。
刀剣男士に強い愛情を向けられ、そのまま神域に連れていかれてしまう審神者も少なくはない。そうなってしまうと、政府も他の刀剣男士も手を出せない状況になってしまう。これも政府にとって大損失。
「刀剣男士は男性の姿をとっていますが、愛情を向ける相手は女性のみではありません。彼らの元の持ち主が生きていた時代の関係上、男性の審神者も神隠しに遭う事案は珍しくありません」
付け加えられたその情報に、隣の席の男性が息をつめた。その拍子に、長机がガタリと揺れる。

優秀な審神者が消えつづけ、頭を悩ませた政府が取った策が、ほんの僅かでも審神者としての能力が有る人間を手当たり次第集める事。そうして、少しでも良いから使える審神者と、その刀剣男士たちの数を揃えておきたいという事らしい。塵も積もればなんとやら。政府は本当に切羽詰ってるらしい。
つまりここにいる私たちは、本来であれば赤紙を受け取る程の才能なんて無い。審神者としては不出来な人間の集まりと言う事になる。

「あなた方はとにかく、刀の力に溺れず、付喪神に惑わされず、己の本丸の維持にのみ注力してください。それ以上の事を我々は望みません」
言い切られた言葉をぼんやりと受け取る。政府のやけっぱちな作戦で日常を奪われた事は腹立たしいけれど、でも、これはある意味で気楽なのかもしれない。審神者と言う仕事がどんなものかまだよく分からないけれど、マイペースにのんびりやっても文句を言われない仕事と言うのはそう有るものではない気がする。
なるようになる。そう自分に言い聞かせて、ペンを握り直した。




八日間の研修の最終日、私は支給された朱色の袴に着替え、神社の本殿の様な建物の中にいた。
静かなその空間で研修の期間教え込まれた事を反芻する。一番強く言われたのは、刀剣男士たちに本名を教えてはいけないという事。
付喪神である彼らは神としての力はそう強くなく、名前を知ったからと言ってすぐに神隠しする事は出来ないらしい。けれど政府としては少しでも神隠しの可能性を潰したいらしく、この事は何度も言い聞かされた。
私としてもおちおち神隠しされて神域などと言うよく分からない世界に連れて行かれるのは困るので、うっかり口が滑る事が無いよう、少し気を引き締めた。
「よし」
並ぶのは五振りの刀。どれも打刀で、政府が事前に用意した物。この中から一振り選び、刀剣男士を呼び起こす。それが審神者としての最初の仕事。張りつめた空気に背筋が伸びる。
一番最初に目に入ったのは、煌びやかで鮮やかな刀。これだと、直感的に思った。迷わず掴み、持ち上げる。ずしりとした確かな重さが腕にかかる。本物の刀なのだと、今更ながら実感した。
彼を呼び起こさなければならない。やり方は研修で教わったけれど、感覚的なものなので正直よく分からなかった。なのでただ、心の中で声をかける。私の元に来て、一緒に手伝って、と。

瞬間、耳鳴りの様な甲高い音が響き、直後に光が舞った。思わず目を細め、数歩後ずさる。
眩しい光はすぐに散り、顔を上げると、代わりにそこに黄金が立っていた。
「あ……」
ぼんやりと立ち尽くす私をじっと見てから、彼は口を開いた。
「蜂須賀虎徹だ。俺を選ぶとは、目利きの腕は確かなようだね」
言うその顔は自信に満ちていて、私は自分の直感に感謝した。良かった、彼とならきっと、上手くやっていける。
手を差し出す。彼はそれを一瞬不思議なものの様に見てから、けれどすぐに握り返してくれた。温かな、大きな手。
「初めまして、蜂須賀虎徹。不出来な主だけれど、これからよろしくね」
こうして私の審神者としての日々が始まった。