テレサは躊躇わずに僕に触れる
そのスキンシップの多さは恐らくは生来の物で、僕以外の周りの人間にも同じように接しているという事は当然分かっている
けれどそのあたたかくて柔らかい指先が触れる度、僕の体のどこかで警鐘が鳴り響く
これ以上はいけない。確かにそう告げているのに、それなのに、彼女の存在を心地よく思い、このまま受け入れていたいと思う自分もいる
そう思う度に、自分を戒める。僕自身がどういう人間なのかをしっかりと思い出す
そうして自分を縛り続ける僕に気づかぬまま、テレサは変わらずそばに来て、そのあたたかさで僕を酔わせる

言葉遊びに引っかかり負けてしまって悔しがるテレサの明るさが僕には眩しい
今だけではない。彼女はいつも明るい
喜怒哀楽全ての感情を素直に表現する。僕がいつの間にか手放してしまっていたものを彼女はきちんと持っている
その明るさを好ましいと思うと同時に、自分とは違う存在なのだと突きつけられている気がしてしまうのも事実だった
「ショナ？」
黙り込んだ僕を気遣うように覗き込むテレサの瞳はまっすぐにこちらを見つめている
「……大丈夫だよ」
言いながら、そっと視線を外す
テレサのまっすぐさを受け止める事は、今の僕には難しい

彼女の事は何とも思っていない。今後距離が近づくことは無い
そう言った時のテレサの表情が頭から離れない
嘘をつくのが下手な彼女は傷ついた顔も隠せない
その姿を見てまるでテレサに拒絶されたように感じ、傷ついた自分の身勝手さに戸惑う
けれどどんなに居心地が悪くても、彼女に対して罪悪感を抱いても、これで良かったのだと思う以外道は無い
興味が無い風を装いテレサを突き放す事しか今は出来ない

恐ろしかった
自分がやろうとしてしまった事が
けれどそれ以上に、テレサを失ってしまうかもしれないという事が
そんな事は嫌だった。もう二度とあんな思いは味わいたくはない
そのためにはどうすれば良いのかを必死に考える
答えは一つしかなかった
その結果自分とテレサがどれだけ傷つこうと、永遠に失ってしまう事だけは避けたかった

本当はずっと、テレサに会いたかった
会って、傍にいて、触れて、いろんな話をしたかった
けれどそんな自分の感情は許されるものではない
これ以上テレサに近づいて、本当に取り返しのつかない事になってしまったら
彼女がいなくなってしまう事と同じくらい、彼女に本心から拒まれてしまう事も恐ろしかった
でも、いま僕がこうして我慢していれば、そんな事は起こらない
「テレサ……」
ふいにこぼれた言葉は不気味なほど静かな闇の中に溶け消えた

「ショナ！ほら見てっ」
テレサはその表情をくるくると変えながら僕を導く
普段はただ通り過ぎるだけの道を、何倍もの時間をかけて歩く
テレサは色々なものに興味を示す。露店に並べられた小物や、通り過ぎる人の服、街灯の形
僕が決して目を向けない所に彼女の意識は向かう
少し上気したテレサの顔を見つめる。ケリィよりも少し幼い彼女は、いつも明るく、生命力に満ち溢れているように見える
「……テレサ」
「なぁに？」
僕が呼ぶと、テレサはすぐに視線をこちらへと戻した。そしてじっと見つめる。迷うことなく、まっすぐに
この瞳が好きだった。本当はずっと僕を見ていてくれたらいいのにと、心の奥底で思ってしまうほどに

テレサの部屋に行くと、そこにはすでにルノーがいた
彼に用が有ったのは確かだから会えて良かったけれど、でも少し、何かが引っ掛かった
テレサとルノーはとても仲がいい
血は繋がってはいないけれど本当の姉弟か、あるいはそれ以上の絆を感じる
ルノーの事も大事に思ってはいるけれど、だけど時折こうして心に霧がかかる事が有る
仲のいいふたりの様子を見つめながら、そんな自分の気持ちを封じ込めるように手のひらを握りしめた

自分の気持ちが何なのか、まだ分からないままでいる
テレサの事は大事だしずっと傍にいたい。それは変わらない
けれどその情を何と表現すればいいのかはまだ分からない
そう思いながらも、けれど心の奥ではもう答えは出ていた
ただそれを認める事がまだ少し怖い
自分を完全には信じきることがまだ出来ない弱さが僕の心を引き留めている
僕を包み込むテレサの温もりに

ベッドの中で、僕たちは色々な話をした
とりとめのない下らない事ばかりだったけれど、酷く心が落ちいた
僕より少し小さなテレサの手はとても暖かくて柔らかい
指を絡めるとそれに応えるように包み込んでくれる
こんなに穏やかな気持ちになったのは本当に久しぶりだった
テレサは僕を見つめ、柔らかく微笑む
たったそれだけの事なのに、心が奥までほぐれていった

両親との事や、これからの事
問題は山積みだけれど、テレサと一緒ならば大丈夫だと、そう心から思えている
彼女がいれば僕はなんだって出来るし、やらなければならないと思える
一緒に生きていくために必要な事ならなんだってする
テレサを傷つける事が無いよう、悲しませる事が無いよう、最大限の努力をしたい
隣で穏やかに笑うテレサをただ守りたい
その未来を今は守りたい