月も待たずに、キスをして
「やっぱ駄目かぁ…」
私の言葉を聞いて、司狼は溜め息を漏らす
「急に人の部屋に来ておいてそれはないんじゃない?双葉ちゃん」
「だってここなら見えるかもと思ったんだもん」
昨日の天気予報で今日はとても綺麗な満月が見られる、と聞いていたのを思い出したのはベッドに入る直前だった。部屋のカーテンを開けてみたけれど、今夜は生憎の曇り空。ちぎれた雲が幾つも散らばっていて、月は見えない
普段だったら残念だったなと済ませたかもしれないけれど、昨日のお天気お姉さんの明日の月は見ないと損です!の言葉のお陰で妙に諦めがつかなかった
だから自分の部屋とは窓の位置が少し違う司狼の部屋に来てみたけれど、やっぱり月は雲に隠れたままだった
「仕方ない…。お休み、司狼。お邪魔しました」
「えっ、もう戻るの?」
「だってこんな時間に司狼の部屋にいるなんて、良く考えたら凄く危険じゃない」
「うわひっでー」
月が見やすいように、と部屋の明かりは消してある。薄暗い室内で司狼と二人きりなんて、危険としか言えない。窓から離れて部屋を出ようとした私の腕を、司狼が掴む
「マジで戻るつもり?」
「だって見えないし…それにもうこんな時間だし、邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「俺は構わねぇけど?」
からかうように言うと司狼は私をベッドの上に座らせて、自分もその隣に腰かけた
「もう、司狼、」
「そんな警戒すんなって。ほら、ここからなら外見えるし、雲が移動するまで待つってのはどうだ?」
「雲が移動って…」
確かに今日の雲はどれも大きくなくて、少し移動したら月が見えるかもしれない。けれど今夜はほぼ無風だ。雲が動いている様子を確認する事は出来ない
「ちょ、司狼っ」
やっぱり部屋に戻ろうとした私の髪を、司狼が指に絡めた。驚いた私に、司狼は余裕気な表情を浮かべる
「ん?」
「やっぱり私戻る」
「つれねぇなぁ」
言いながら、司狼の腕が腰に回る。添える程度にさり気無く回されているのに、なぜか身動きがとれない
ちゃんと文句を言おうと顔を上げたら思いの外すぐそこに司狼の顔があって、思わず固まってしまった
「月が出るまで付き合ってやるぜ?」
「い、いいっ。もう月はいい。戻るから放して」
「双葉」
いつもより低い声で名前を呼ばれて、思わず一瞬息をのむ。そのまま固まった私の唇を司狼がそっと撫でる
至近距離で司狼はとても優しく、けれどどこか妖しく微笑む。顔にさっと熱が上がる。なんだか直視できなくて目を逸らした私の肩に司狼が軽く力を入れる
「あっ…」
予期してなかった力に流されるままベッドに倒れた私の上に司狼が覆いかぶさる
ただでさえ薄暗いうえにこの体勢で、司狼の顔が良く見えない
「し、司狼…」
両手が司狼に掴まれていて、身動きが取れない。離してほしくて司狼を見たけれど、笑みを浮かべるだけで聞いてくれそうにない
「なぁ、双葉」
「な、なに?」
「どうして俺の部屋に来たんだ?」
「え…?」
「月を見たいだけなら、黎明の部屋でも構わないだろ?窓の位置同じなんだから」
「そ、それは…」
言われるまで気付かなかった。ただ何のためらいもなく、司狼の部屋に来ていた。自分でも気付いていなかった事を指摘されて、なんだか妙な恥ずかしさに襲われる
戸惑う私を見て司狼はその笑みを深くした。そして片手で私の髪を撫でる
「俺、双葉のそーゆー素直だけど素直じゃないとこ、好きだぜ」
目を細めて、優しげに微笑んで、司狼は言う
そしてそのまま体を沈め、静かに唇を付ける。それを大人しく受け入れながら、私もそっと瞼を下した。逃げる気も、抵抗する気も、もう無くなっていた。司狼の背中に腕をまわして抱きつくと、その体温に酷く安心した
窓の外では雲が広がり、完全な曇天へと変わっていた