雨音





ふと、目が覚める。
聞こえるのは静かな雨音と、遠くの酒場の僅かなざわめき。そして隣で眠るランの吐息だけ。




旅を始めて暫く経った僕たちが訪れたのは気候が穏やかで、港に立ち寄る船が多く、賑わいのある街だった。どこかミルヴェリアに似ているこの街を二人とも気に入って、滞在を予定よりも延ばす事を決めた。
ランと二人、色々な所を見て回る。目に入るもの全てが新鮮で、輝いて見えるとランは言った。それは僕も同じだった。オルテシアから遠く離れたこの大陸で、ランと二人で過ごす事が出来るなんて、かつての僕は思いもしなかった。

寝つきの良いランはベッドに入るとすぐにその意識を手放す。
旅を始めたばかりの頃は僕と同じベッドで寝るのは恥ずかしいし少し落ち着かないと言っていたけれど、今はその事にも少し慣れてきたようで、毎晩ストンと眠りに落ちる。
一方で僕の睡眠の浅さは相変わらずで、まず眠りにつくまでにランの何倍も時間がかかる。その間出来る事と言ったら、詩集を読むか、隣のランの寝顔を眺める事ぐらいで。ただ静かに、眠りに落ちるその瞬間を待つ。
それでも少しずつ、自分の眠りの浅さが改善されてきている様な気がしてもいる。旅に出て、ランと共に寝る様になってから、本当に少しずつだけれど、眠れない事が当たり前だった僕の夜は変わってきている。
隣で眠るランの寝息や、それに合わせて僅かに揺れるベッド。そして伝わってくる温もり。それを感じると、不思議と心が落ち着いた。そのまま穏やかに眠りに付ける夜が増えてきている。ランの存在を感じると、心が安らいだ。
眠りに落ちるのに時間がかかり、一度眠れても夜中に目が覚めてしまったり、朝も必要以上に早く起きてしまう事は変わらないけれど、それでも少しずつ僕は変わってきている。その変化は確実に良いものだと、自信を持って思える。

静かな雨音に気付いて、目が覚めた。ベッドサイドの時計が示すのは深夜の時刻。カーテンの向こうの街は闇に包まれていて、遠くの酒場にいる客たち以外に起きている人間の気配は感じられない。
ランの方に体をゆっくりと返し、その寝顔を見つめる。ランは寝つきが良い上に眠りが深いようで、僕が少しくらい動こうと起きる事は無い。それでもこんな穏やかに眠る彼女の邪魔はしたくないから、ベッドの中で動く時は細心の注意を払う。
そっと手を伸ばし、彼女の頬にかかった髪を退ける。ランは少し身じろいだけれど目を覚ます事は無く、僅かに吐息を零すだけで終わった。髪を撫で、行き場を失った手がベッドの中で躊躇う。少し考えてから、緩く握られたランの手をゆっくりと掴んだ。
ランの手は小さくて柔らかくて、自分のそれとはまったく違う存在に感じすらする。
この手の温もりに助けられたし、僕自身がずっと守ろうと思っていたから、余計そう感じるのかもしれない。
ふと、ランの指先が動いた。起こしてしまったかと驚いて窺ったけれど、その顔は変わらず穏やかなままだった。けれどゆっくりと、動いた指先がそのまま僕の手を握り返した。
ただそれだけの事で、酷く心が満たされた。彼女の存在ひとつが僕の心を揺り動かす。

静かな雨音を聞きながら瞼を下ろすと、眠りはすぐにやって来た。