祝福など、望んではいなかったのに





件名:すっごく美味しいです!
 今日は大地先輩のお家から差し入れを頂いて、みんなで食べました! なんとか、っていう名前の梨なんですけど、とても甘くて瑞々しいんです。 まだ時期にはちょっと早いらしいんですけど、香りもとっても良かったです(´∀`*)
 冥加さんにも食べてほしいなって思ってたんですけど、大地先輩が持ってきてくれた分はみんなで全部食べちゃったんです…。また何か貰ったら冥加さんの分もちゃんととって置きますね!
 明日は古文のテストが有るんですけど、もう全然分かりません。どうしましょう。参考書読んでもチンプンカンプンです。あ!今日枝織ちゃんに会ったんです。それで今度一緒にお茶しようって事になったんですけど、冥加さんも一緒にどうですか?

携帯電話を見つめる冥加玲士の眉間に、驚くほど深い皺が刻まれた




あの夏の大会の後、小日向かなでへの感情を一体何と表現すればいいのか、冥加本人は未だ分からずにいる。けれど自分と接する機会の多い天宮は「キミは雰囲気が丸くなった。今の方が僕は好きだ」と言い、後輩である七海も「部長は少し接しやすくなりました!」と口を滑らせる形で言っていた。どうやら悪い事ではないらしいので、答えが出ずに妙にすっきりとせずに気持ちが悪いのも事実ではあるが、有る程度時が経ってからは深く考えることはやめた
そもそも冥加の日常に大きな変化が訪れた訳ではない。今まで通り学校での時間、部活での時間を過ごし、学校経営に関する仕事もこなす。理事長であるアレクセイとの関係は膠着状態のままだが、すぐに何か手を打たなければならないと言う状況でもない。そう、大した問題などは無かった
ただひとつを除いて

大会最終日、ホールへとやって来た小日向かなでは冥加と少しばかりの会話をした後、こう切り出した。「ケータイの番号とメアド教えてください!」と
その妙にハキハキとし、明るい様子に流されるまま情報を教えると、彼女は何がそこまで嬉しかったのか満面の笑みで礼を言った
あの日以来、冥加玲士の携帯電話には毎晩必ず小日向かなでからのメールが届くようになった
冥加はその文面を「拙い日記」と受け取っていた。その日あった事、思った事を感情そのままに書いてある文章。出だしと結びの話題が繋がっていた事は過去に一度たりとも無かった。話題があちらこちらと彷徨い、ばらばらになったまま強引に着地する、そんな文章
それまで冥加にとっての「メール」とはごく事務的なものだった。学校経営、及び部活関係でメールのやり取りをする事はあったが、その文面は自分も、そして相手も必要最低限の事をあくまで簡潔に書いていた。それで問題は全く無かった。今や唯一の肉親となった妹からメールが来る事もまれに有ったが、それも通常の「事務的なメール」に毛が生えた程度のものだった
小日向かなでのメールは冥加にとってはある意味で未知との遭遇に近かった。絵文字、顔文字と呼ばれるものを直接目にしたのは初めてだったし、ここまで感情のまま綴られた文章を見るのも初めてだった。つまり冥加は、どう対応していいのか分からないでいる
そんな文章を小日向かなでは毎晩、23時から24時の間に必ず送ってくる。まるで義務であるかのように毎日毎日送られてくるそのメールを、何故か不快と感じない自分に冥加玲士は僅かながらに困惑してもいた。しかし不快と思わないからと言って良い対処方法が浮かぶ訳も無く、冥加は毎晩こうして携帯電話を睨んでいる

そもそもメインテーマが分からない
梨を食べた事なのか、古典のテストの事なのか、枝織との約束の事なのか
メールとは相手からの返信を得、そして確認を取るために送るものだと、少なくとも冥加は認識している。だから聞きたい事があれば簡潔にまとめ、相手の反応を待つ。その為の文章を書く。だが小日向かなでのメールはそうではない。まるでただの世間話だ
どの文章への返事を書けば良いのか、あるいは全ての文章への反応を書くべきなのか、分からない。あの大会以来、冥加は毎晩同じ事で悩んでいる。そしてその答えが出る気配は一向に訪れない
返事など送らずに無視をすれば良い、という選択肢は冥加の中には無い。生まれ持った律儀な性格がそれを許さない。そしてもし自分が返事をしなかった場合、それを確認した小日向かなでがどんな反応をするのか。そんな事を考えてしまうと、余計出来なかった。何故そう思うのか、冥加本人にも理解できてはいなかったが

十数分間携帯電話を睨み続け、ようやく冥加玲士の指先が動いた。そして送信ボタンを押し、携帯電話を閉じ机へと置くと自室を出る。途中リビングですれ違った妹が冥加の顔を見た後なにか言いたげに柔らかく微笑んだが、それは無視をしバスルームへと向かう。備え付けられた鏡に目線を向けることは絶対にせず、冥加は服を脱ぎ始めた
微かに顔の力が抜けたという自覚が、冥加玲士にはハッキリと存在していた




件名:Re;すっごく美味しいです!
気が向いたらな。
冥加


title by 彩時雨