側にいさせて、抱きしめて
雅刀は古き良きタイプの男の人だと、私は思っている
実際ここは私が生まれ育った時代とは違うんだから、当然と言えば当然の事なのかもしれないけれど。でも10歳まで向こうでまーくんとして過ごしていた雅刀がこんな風に育つなんて、なんだか変な気分。暁月の方がよっぽど現代に近い感覚だった気がする
やっぱり雅刀が今の雅刀になった理由はこの時代だから、ってだけではなくて、刀儀さんの存在が大きいのかもしれない。あれだけ規律を重んじて厳格な人に育てられればこうなるのも頷ける。あれ、でも同じ様に刀儀さんに育てられた瑠璃丸くんはとてもフランクだった。この差は一体どこで生まれたんだろう
黙々と作業を――絵筆の手入れをしている姿は正直好き。真面目な目元も、ゆっくりけれど慎重に動かす指先も、昔と比べて随分と大きくなった背中も。全部
でもこれだけ傍にいて、これだけの時間放置されるっていうのはなんだか面白くない。雅刀の事だから私が構って欲しがっているのには気付いているはず。あんたは感情が表に出過ぎてるって、もう何度言われたか分からない
なのに雅刀はずっと作業に集中している。着物の裾を引っ張ったり、背中に自分の体を預けても特にリアクションは無し。面白くない
雅刀は古き良きタイプの男の人だ
性格とか考え方とか行動とか、そう言う事全てが。女の子に対してもそれは変わらない
日が暮れたら邸の中であってもひとりで歩いちゃいけないとか、外に出るのは以ての外とか、肌が見える服は何が何でも駄目とか、うんぬん
ただこういう事はこの時代の治安を考えれば私も理解できるし、それに雅刀が私の事を心配してくれているから、って言うのもちゃんと分かってる
でも、狭い部屋で二人きりで他に誰もいないこの状況で手さえ触れてくれないなんて、やっぱり面白くない。と言うか、納得がいかない。私達のこの関係は私が思っているもので良いんだよね?なんてちょっと寂しくなる様な疑問が浮かびそうになる
雅刀は人前で私がくっつくのを嫌がる。手を繋ぐのも、駄目。みっともない、って事らしい
別に私だって、そんな四六時中いちゃいちゃべたべたしたいなんて思ってない。ただ隣を歩いているなら手だって繋ぎたくなるし、もっと傍にいたいって思う。それって普通の事だと思う。恋人、なんだし
でもそんな事、直接口になんか出せない。恥ずかしいし、雅刀がなんて言うか少しだけ不安。鼻で笑われて一蹴されたら、流石にちょっとヘコむ
色々考えてみたところでゴールは見えないし、なんだか少し気分が沈んできたし。結局どうしようもなくて、自分の考えを遮る様に目の前の背中にしがみ付いて腕を絡ませたら大きなため息が漏れた音がした。半ば予想してはいたけれど、この反応はちょっと失礼だと思う
「……真奈」
「なに」
「離れろ。手入れが出来ない」
「やだ」
「ガキか、あんた」
「子供で良いからやだ」
また、溜め息
確かにこの言い方は子供っぽいけど、でも私、そんなにどうしようもない事を頼んでいるかな。普通の事、だと思う
「真奈」
「薄暗くなってきたし…そろそろ手入れ、出来なくなるでしょ?」
「分かったから一度離れろ」
「や…」
離れたくなくて、ぎゅうと腕に力を込める
私が何を思っているか、そのまま雅刀に伝わっちゃえばいいのに。そうしたらこんなもどかしい気持にはならない
色々言いたい事がある。したい事も、して欲しい事も。でもどれも口には出しにくくて。どうしたらいいか、分からない
「…真奈」
暫くそうしていた私の腕に雅刀がそっと触れた
でも触れただけで、無理に剥がそうとはしなかった。その事に妙にほっとしちゃって、なんだか情けない
「どうした」
「…なんでもない」
「嘘言え」
雅刀の声も少し柔らかい。と言うより、穏やかな感じ
持っていた筆を箱に入れる乾いた音がした。多分、作業続ける事は諦めたんだと思う。外はもう薄暗くて、そろそろ灯りをつけないといけない時間になってきている
「言わないならこの腕ひっぺがすぞ」
「ひどい!」
「だったら言え」
「……笑わない?」
「内容による」
「もう…」
手首に触れる雅刀の指先は、少し荒れてカサカサしている。改めて、雅刀の変化を実感する。まーくんの手は私より小さくて、柔らかかった。雅刀は変わった。でもそれは外見だけ。彼自身は、あまり変わってない。例え古き良きタイプの男の人になっていたとしても、本質は変わってない。まさとはまさとだ
「ただ…構ってほしかっただけ」
「今構っているだろう」
「そう言う事じゃなくて!もっと、こう……ふ、ふたりっきりなんだよ?今。なにか有ったって…いいじゃん…」
「な、なにかって…あんたな、そんな事」
「言うもんじゃない、でしょ?分かってる…だから言いたくなかったの」
自分で言っている事になんだか恥ずかしくなってきて、雅刀の背中に顔を押し付けた
今雅刀の表情が見えなくて良かった。彼がどんな顔をしていたとしても、恥ずかしくてちゃんと見られない
雅刀はまた少し黙ってから、深くて長いため息を吐いた。自分の中のなにかを吐き出して昇華するみたいな、そんなため息
「あんたは無防備すぎるんだよ」
「え?」
呆れたようにそう言う声は、少し丸みを帯びてる気がする。笑って、る?
「そんなにひっつかれて、俺が何にも感じていないと思っていたのか?」
「へ…」
「あんたがどう思っているかは知らないが、俺は別に自制心が強い訳でも鈍感でもない」
雅刀の手に力が入る。武骨な掌が私の手首を掴む。少し驚いて抜こうとしたけれど、全然動かない。思わず固まる私の指に雅刀の太い指が絡む
「分かったらそうやって人を煽るな」
「べ、別に煽ってなんて…」
「さっきのは煽ってるって言うんだ。覚えとけ」
「ま、」
「戸を閉めるぞ。ほら、立て」
引っ張られるようにして立ち上がる。戸を閉める雅刀の表情は陰でよく見えない。でもその手は私を掴んだままで。なんだか少し、熱い…気がする
薄暗い室内で雅刀が私の手を握っていて、さっきはあれほど望んでいた事だったのにいざ叶うと妙にそわそわしてしまって落ち着かない。かと言ってこの手を解く気も起きる訳なくて
道具をまとめる雅刀をじっと見る。見慣れた横顔。大人の、男の人の、顔
どうしよう。やっぱり好きだ
「……ねぇ、雅刀」
「なんだ」
「抱きしめて、って言ったら、怒る…?」
「だっ…だからあんたは!さっきの話をもう忘れたのか」
「…駄目?」
「……好きにしろ。でもどうなっても文句は聞かないからな」
「うん」
眉間に深い皺を寄せてそう言った雅刀に抱きつく。分厚くて、あったかい胸。しがみつくようにする私の背中に腕を回しながら、雅刀はもう一度重くて深い、なにかを諦める様な溜め息を吐いた