指を絡めて、寄り添って





ハンナが一通りの作業を終えリビングに向かうと、薄暗い部屋の中央にあるソファからハニーブロンドが顔を覗かせていた。普段ならばハンナの気配を感じてすぐ振り返るのに、今日は珍しく何の反応もない。不思議に思いつつゆっくりと近付き彼の前へと回り込む

「ル………ルディ?」

声をかけようと顔を覗き込んで、彼の反応が無かった理由を理解した。ソファに座り込んだルディの瞼はしっかりと閉じられていた
それはとても、珍しい事だった
ルディがどこかで寝こけるなんて。滅多に見る事は出来ないその姿にハンナは喜びやら照れやらが一気に湧きあがり、どうしたらいいか分からずあたふたと視線を彷徨わせた

「ルディ…?」

少し落ち着いてから、もう一度声をかける。とは言えその声は非常に小さいもので、ルディは何ひとつ反応を示さなかった
ハンナはそれを確認してから改めてルディをじっと見つめる
普段から整った顔だと思っていたけれど、やっぱりルディの顔はとても綺麗だ。以前の様なあの白の洋服を着る事は無くなったけれど、それでも彼は王子様なのだ
キラキラとしたブロンドも、それと同じ色の睫毛も、白くすべすべな肌も、全てが完璧だった
ルディは求められたからこそ王子然とした言動を取っていたけれど、それでも彼自身、ああいった態度を取る事は好いているとハンナは感じていた
実際、人間になった今でもその言葉と仕草でハンナを翻弄するのだ。それも恐らく、意図的に
そうだと分かっているのにハンナはまだ彼のその意地悪に勝てないでいる。分かっていても、彼の瞳にじっと見つめられるとそわそわとして落ち着かなくなってしまうのだ
そんな事を考えているうちに、ふとこの部屋が少しばかり寒い事に気付いた。日が暮れてからもう大分時間が経っているし、ハンナが作業を切り上げたのもそろそろ寝ようと思ったからなので、当然と言えば当然の事だった
慌てて大きめのブランケットを引っ張り出し、ルディの上にそっとかける
本当ならば寝室に連れていくのが一番なのだけれど、いくら細身とはいえルディは男性だ。非力なハンナひとりで運ぶ事はとても出来ない

「疲れていたのかしら…」

眠り続けるルディを見て誰ともなく呟く
けれどずっとこうやって見続けるのもどうかと思い、あまり音を立てないよう気を付けながら彼の隣に座る
もしこのまま朝まで起きなかったらどうしようか。風邪をひいてしまうかもしれない。だから寝るならベッドに移動してほしいけれど、起こしてしまうのも忍びないと、その顔を見ていると思ってしまう
どうするべきか答えが出ず、ただ静かに隣に座り続けること数分。ハンナはルディを寝室に移動させることを諦めた
彼を運ぶ事も出来ない、起こす事もしにくい。ならば諦めるしかなかった
彼と一緒にここでこうして朝を迎えると言うのも、悪くは無い様な気がしてきていた
ルディにかけたブランケットを少し引っ張り、自分の体に乗せる。もぞもぞと体を動かして、ルディにそっと寄り添う。こうしていれば案外暖かかった。風邪をひく心配は無い様な気がした
ふと、ハンナの手に何かが触れた
ゆっくりと確かめるとそれはソファに投げ出されたルディの手で、なんとなく、ハンナはそれをそっと撫でた
白くて、滑らかで、けれどハンナの手とは違って大きく、少し分厚いルディの手
彼の手に触れていると改めてルディとの体の差を感じ、ハンナの頬がじんわりと赤く染まる

「なにしてるのかな?僕のお姫様は」
「っ…!」

ぼんやりとそうしていたハンナの細い指を、不意にルディの手が包む様に握り締めた
驚いたハンナが顔を上げると、そこには顔に笑みを刻んだルディがいた

「ル、ルディ、起きてたのっ?」
「誰かさんが可愛いことしてたからね」
「え、あ……」

恥ずかしさでおろおろとするハンナの手を、ルディは改めて握り直す
そのぬくもりを感じ、この場から逃げたくて軽く浮いていたハンナの腰がまたソファに沈んでいく

「い…いつから起きていたの…?」
「さぁ。いつだろうね」
「ルディ…」

顔を見つめながら楽しそうに言うルディに、ますますハンナの頬が赤くなっていく。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった
じんわりと涙目になってくるハンナを見て、ルディはくすりと笑った

「ごめんごめん。そんな顔しないで」
「もう…」
「だってハンナが可愛いからさ。つい、ね」

繋がれていない手を伸ばし、ルディはハンナの頬をやんわりと撫でる
その表情は酷く優しくて、ハンナはそれ以上何も言えなくなってただ彼に身を任せる。そんなハンナの顔を、ルディはそっと引き寄せる

「ル……」

それに気付いたハンナがなにか言うよりも早く、彼女の唇を塞ぐ
一瞬驚いたハンナが逃げるように後ずさったけれど、首に回されたルディの手がそれを許さない
唇をただ触れあわせるだけで、互いの熱を感じるだけで、ハンナの体から力が抜けていく。その幼さと可愛らしさと充足感で、ルディの口元が僅かに上がる
ハンナがルディに体重を預ける様になった頃、彼はゆっくりと彼女から離れた。最後、下唇を軽く食むと、ハンナはぴくりと身じろいだ

「続きはベッドで、…ね?」
「あ……」

耳元で囁くように言うと、ハンナは真っ赤になって俯いてしまった
ハンナはいつまでたっても無垢な少女のように初心だった。多分これは経験が少ないからという問題ではなく、彼女自身の性格なのだろうとルディは思っていた
もう少し慣れてくれても良いのにと思わないでもないが、けれど実際、ルディはハンナのこの何にも染まらぬ姿を堪らなく好いていた

「おいで」

立ち上がり手を差し出すと、おずおずとそれに従う。顔を染めたままちらりとルディの様子を窺う
その瞳にある種の意味を込めた笑顔を返すと、ハンナは更に顔を赤くし焦った様に俯いた。そんな彼女の額に口付けると、ルディはすっかり暗くなった部屋から彼女を連れ出した
握る手に力を込めると、ハンナの小さな手もそれに応えるように指を絡ませる。その温もりに、ルディは自分自身の熱が上がった事をはっきりと自覚した