縛り付けてはなさない





「うー・・・」

NEDEとの戦いが終わり、学校に戻ってきた私を待っていたのは楽しい事だけではなかった
参考書とのにらめっこを始めてからもう何分経ったのか分からないけれど、一向に進まない。数式が暗号にしか見えない。私にも黎明や司狼の様な学力があれば良かったのに、と思ってしまう。そもそも、勉強は昔からあまり得意じゃなかった。赤点を取るほどではないけれど、でもやっぱり苦手なものは苦手で。その上微妙なブランクがあるのもいけないのかも知れない

「まだその問題をやっていたのか?」

私の手元を後ろから覗きこんだ先生が溜め息交じりにそんな事を言う。何と言うか、完全に呆れられている
放課後の保健室はとても静かで、グラウンドで部活をやっている人たちの声がたまに聞こえてくる程度。だからこそ先生のため息が妙に目立ってしまう
一度職員室に行っていた先生はコーヒーを片手に私の隣に座ると改めて私の参考書とノートを交互に見た後、やっぱり呆れた声で解き方を教えてくれた

「ああっ、なるほど」
「この程度の問題が解けないとは、ちゃんと卒業できるのか心配になってくるな」
「そんな恐ろしい事言わないでくださいっ!」

妙に怖い事を言う先生のサングラスの奥の瞳は優しげに微笑んでいて、とても落ち着く。先生は前と変わらず保健医をやっていて、私は先生に会いに頻繁にここに来ている

「前も教えてもらったのになんで出来ないんだろう」
「教えて・・・?誰にだ?」
「数学が分からないって言ったら黎明が教えてくれたんです」
「・・ほう」
「・・・・先生?」

急に声が冷たくなった先生の方を見ると、さっきまで優しげだった瞳が細められていて、なんだか本物の猫の様に見えた。どうしたんだろうと思ってポカンと見つめていた私の髪の毛を軽く撫でると、先生はそのままグイと私の頭を引き寄せて強引で唐突なキスをした

「っ・・・・せ、せんせっ・・・・まって・・先生っ」
「・・・なんだ?」

慌てて先生の肩を押しながら言った私に、先生はひとつも息が上がっていないまま冷静に聞き返す。こんな近距離で、しかも強引に口付けられた直後に見つめられて、心臓がうるさく鳴っている

「な、何で急にこんな事するんですかっ」
「したいと思ったからな」
「そうじゃなくて、」
「なんだ?聖は嫌だったのか?」
「い、嫌じゃ・・・・ないけど・・・・・」

思わず口ごもる私に満足したように微かに笑みを浮かべると、先生はもう一度私に口付けた。お互いの座っている椅子がギシ、と鳴ったのが妙に遠いところで聞こえた気がした。縋り付く様に先生の白衣をぎゅ、と握る。徐々に朦朧としてくる意識の中で、ハタとここがどこだったかと思いだして体が硬くなった

「んっ・・・・せんせ、駄目です・・・・っ」
「またか?聖」
「だってここ・・・」
「鍵ならさっきかけたが、何か問題でも?」

ここは保健室で、部活中の生徒が怪我をしてやって来る事だって十分にあり得る。そう考えた私に、先生はしれっと言う。どうしていつも、こんなに余裕たっぷりなんだろう

「あ・・・・で、でも、まださっきの答え聞いてません」
「答え?」
「なんで急に・・・・あんな事したのか、です」

改めて聞くのが妙に恥ずかしく感じてしまって尻すぼみになりつつそう言うと、先生はじっと私を見つめた後静かにサングラスを外した。そして立ち上がると、強引に私の体を抱き上げてた。慌てて降りようとする私を視線だけで制すると、そのままベッドへと向かい私を乗せて、ベッドを囲む白いカーテンを閉めた。一気に薄暗くなった空間の中で先生の瞳が浮いたように綺麗に見えた。思わずぼうっとそれを見ていた私の肩を軽く押して、先生は馬乗りになって私を見つめる

「え、あ、せんせっ」

状況を理解して焦る私の首筋に黙って顔を埋めた。動揺する私の手を握ったまま何度かそこに口付けると、先生はそのままの体勢で口を開いた

「そうだな。次からは勉強が分からない時は俺のところへ来い、とだけ言っておこう」
「え・・・」
「先ほどの質問への答えは以上だ。満足したな」

言葉を発するたびに先生の吐息が首を掠めて落ち着かないせいで、先生の言っている事の意味がよく分からない。ちゃんと教えてください、って言おうとしたけれど、それよりも早くに先生に塞がれてしまった。押さえつける様に、けれど優しい口付けに段々と何も考えられなくなってくる。先生に触れられているところがまるで熱を持っているかの様に熱い。身体も意識も、とけてしまいそう

「まだ音を上げるのは早いぞ・・双葉」

優しげに微笑んで私の髪を撫でながら言う先生の背中にゆっくりと腕をまわす。先生が傍にいてくれるなら、なんにもいらない。本気でそう、思える。先生に意識も身体も気持ちも全て預けてしまう事に恐怖なんて感じない。だからそのまま、私はそっと瞼を下ろした