忘れるもんか、あんなに恋焦がれた
いつもの様にアキラの作業部屋を覗いたが、そこに目当ての姿は無かった。当然の様にそこにいると思っていたヒジリは軽く出鼻をくじかれた気分になる
「どこいったんだ?アイツ」
ひとりごちても答えが得られるはずもなく、軽く頭を掻きながら来た道を戻る。人通りの少ないLAG内の廊下にヒジリの軽い足音だけが響く
特別約束をしている訳ではないが、ヒジリはほぼ毎日こうしてアキラの元へと行っていた。戦いは終わったとはいえ琉球LAGがこなすべき仕事は残っている。教官の時と比べると減ったとしても、アキラも日々作業に追われている状況だった。放っておいたら一日中机に向かい続けかねない恋人を強引にでも休ませる為にヒジリはこうしてアキラを訪ねていた
だがいつもの机は空の状態。あの堅物過ぎる程に真面目の彼女が仕事をさぼるとは思えない。となると、今日はいつもよりも早く仕事を終えたのかもしれない。そしてヒジリが来るのを待たずにどこかに行ってしまったという事になる
「調理室か?」
こちらへ来る前に通った食堂にその姿は無かった。となると一番可能性が高いのはヨウスケがいる調理室だった。仕事終わりのアキラは腹を空かせている事が多い。そのまま調理室に行き、ヨウスケに何かを作ってもらう事は日常だった。ヨウスケもヨウスケで嫌な顔一つせず、というよりもむしろ嬉しそうにアキラに食事を作ってやっている。料理を作り、それを誰かに食べてもらうのが好きなヨウスケだが、アキラ相手の時はいつも以上に楽しそうなのはきっと勘違いではないだろうとヒジリは感じている。 ヨウスケだけじゃない。ライダーたちは戦う必要が無くなった今でも、アキラに対して特別な情を抱いている。第五のメンバーたちと同じ様に
「よぅ、ヨウスケ。アキラ来てね?」
「……チッ、今日はまだ来ていない」
「あれ?」
確実だと思っていた選択肢が不発に終わり、ヒジリはそのまま調理室のドアに肩を預けた。ここではないのならどこに行ったのだろうか
「見当たらないのか?」
「ああ……」
豪快に蟹を解体しながらヨウスケが訪ねてくる。生々しい音や飛び散る甲羅がグロテスクに思えてそっと目を逸らす
手間のかかる作業をしているという事はある程度長い時間ヨウスケはこの調理室にいたという事になる。ならばアキラの居場所は知る由もないだろう。諦めて他の場所を探すのが得策だと思えた
「邪魔して悪ぃなヨウスケ」
「……チッ、気にするな」
相変わらずのぶっきら棒だなと思いつつ調理室を去る。ヨウスケはあの蟹で何を作るつもりなんだろうか。デカい鍋を用意していたという事は煮込み系だろうか
なんだか空腹を感じ始めてきたが、まずはアキラを見付けるのが先決だ。だが調理室ではないのならどこへ行ったのだろうか
自室に戻った可能性も無くはないが、アキラは昼間はあまり自室に籠ったりはしない。仕事が無いのであればISのメンバーやサブスタンス達がいる場所を好んでいるし、それにもし自室にいたとしてもそれを確かめに行くのは少しばかり骨が折れる。女子寮に忍び込む手段を知ってはいるが、真昼間に実行に移すには流石にハードルが高い。他の女子生徒に見つかると厄介だった
仕方なくアキラの自室は候補から外し、他を思い浮かべる。図書室、メンテナンス室、訓練室
「取り敢えずしらみつぶしに行ってみっか」
呟いて、まずはここから一番近い図書室に向かう。さっさと見つけねぇとと、歌うように零しながら
「マジでどこ行ったアイツ……」
思いつく場所全てを探したが、ヒジリは未だアキラを見付ける事は出来ていなかった。なかなか見付からない事にもイラつき始めたし、LAG内を歩き回ったせいで少々疲れもした。もう探す当てもないし、アキラは自室に戻ったのだろうと考えて自分も一度部屋に戻り休む事にした。オチャヅケと遊んで癒されたくもあった
ため息をこぼしながら扉を開ける。少しばかり散らかったいつもの自室。無造作にベッドに寝転がろうとしてその存在に気付いた
「おい、マジでか……」
見慣れたベッドの上で静かに寝息を立てるアキラ。そしてそれにピタリとくっ付いて同じ様に眠っているオチャヅケ。二人ともヒジリが部屋に戻った事には気付いていないらしく、身動きひとつしない
色々と言いたい言葉が有ったが、その穏やかな寝顔を見ると文句を言う気も失せる。脱力しながら膝を折り、ベッド脇に座り込む。ヒジリの体を受け止めたベッドがわずかに揺れたが、やはり起きる気配は無く。随分と深い眠りに入っているらしい
眠っているせいかアキラの表情は普段よりも幼く見える。教官と言う立場が生む責任や緊張感から完全に解放されているから、余計そう思えるのかもしれない
昔は大人だと思っていたのにな、とぼんやりと考える
ライダーの中で最年少で、事実子供だったヒジリにとってあの時のアキラは大人に見えた。案外ドジで抜けているところが有るのは今も変わっていないが、教官として自分たちを指導していたあの時のアキラは確かに大人だった
髪が少し短くなった、その程度しかあの頃との違いは無い。見た目も性格も、やはりこいつはあのアキラなんだなと、リュウキュウに戻ってから何度も思い知らされた
「はじめまして。教官の麻黄アキラです」
言われた瞬間、心に闇が落ちたようだった。ヒジリはあの時の事をすべて覚えているのに、目の前にいるアキラは忘れた事すら忘れている。かけられる言葉ひとつひとつからその事実を押し付けられた。その事に常に苛立ちを覚えていたヒジリをアキラはどう感じていたのだろうか。今更聞くのは少し気まずく思えた
「てゆーかホント起きねーな……」
ヒジリが部屋に戻ってからどれくらい経っただろうか。ぼんやりとアキラの顔を見続けているというのにまったく起きる気配が無い。この警戒心の無さは如何なものかと少し不満に感じる
そっと、頬にかかった髪を除けてやる。くすぐったかったのか少し身じろいだが、それだけだった。代わりにオチャヅケがゆるりと瞼を持ち上げ、ヒジリの姿を確認すると尻尾を軽く揺らした
「おはよーオチャヅケー」
言って、喉元を撫でてやる。気持ち良さそうに目を細めたオチャヅケは再び寝の体勢に入っていった。その丸い背中をひと撫でしてから、もう一度アキラの髪に触れる。細く柔らかいそれはどこかオチャヅケに似ている気がヒジリはしている
いい加減ヨウスケの料理も出来上がっているだろうし、ヒジリ自身も本格的に空腹になってきている。そろそろ起こしても良い時間だが、この穏やかな寝顔を見ていると邪魔をするのが申し訳なく思えてくる。かといってアキラひとりをここに残しておくと言うのもなんだか出来ず、ヒジリは軽く息を吐いた
そっと体を起こし、アキラの顔の横に手を付く。ベッドがギシリと鳴ったが、やはりアキラが気付く様子はない。そのままそっとこめかみに触れる。ヒジリの息に触れ、アキラの前髪が僅かに揺れた
だが相も変わらず起きる気配も無い恋人の寝顔に苦笑を浮かべ、ヒジリは再びベッドにもたれ掛る。こうやって穏やかな時間を過ごすのも悪くは無いと柄にもなく考える。これもひとつの思い出だ。こうやって小さな思い出を重ねながら過ごせる今の大切さを、ヒジリは誰よりも分かっている
title by ユグドラシル