気付かぬ蕾





「平助君、ちょっとごめんね」
「お、おう」

そう言ってオレの前髪をかき分ける千鶴の顔が妙に近くて、なんだか直視できなくてふいと目を逸らした
池田屋であの男に付けられた額の傷を千鶴が治療してくれている。最初は断ったけどなんだか変に押しの強かった千鶴に負けて、結局オレは今自分の部屋で千鶴の正面に座っている


「染みる?」
「いや、大丈夫だ」

正直、ぱっくりと深く割れた傷口に千鶴が塗ってくれている薬がスゲー染みる。染みるけれど、その事を千鶴に正直に言うのは物凄く嫌だった。見栄とか意地とか男としての自尊心とか、オレにもそう言う感情はある
千鶴は物凄く真剣な顔で治療してくれているし、オレもオレで何を話したら良いか分からなくて黙ったままでいる。なんだか手持ち無沙汰で、自分の着物の端をつまんだり捻ったりを繰り返していたオレに千鶴は告げる

「本当に痛くない?」
「ああ。こんくらいどうってことねーから!」
「でもこんなに深いのに・・・」

千鶴が心配してくれるのは嬉しいけれど、だからって正直に痛いって言う事はやっぱり出来ない。丸腰の相手にこんな傷を負ったと言う事実が不甲斐なくてたまらない。しかもその場には千鶴も居た。オレは千鶴を守らなければいけなかったのに、あの男が去ってすぐ気を失った。その情けなさを思い出して、つい歯をギリ、と噛みしめた

「終わったよ」
「ありがとうな!千鶴」
「うん」

道具をしまいながら、千鶴はほっとした様な笑みを浮かべた。その笑顔があんまりに儚く見えて少しだけ驚いた

「それにしてもすげーな、千鶴。こんなちゃんと治療できるなんて」
「これでも一応蘭方医の娘だもん」

専門的な事は分からなくても、簡単な怪我の治療なら出来るよと言った千鶴の親父さんの行方は未だに何も分からないままだ。千鶴がここに来てからもうずいぶん経つのに、情報と言える情報は何も手に入っていない

「他にも何か私に出来る事があったら言ってほしいな。あ、もちろん迷惑にならない範囲で良いんだけど・・・」

シュンとする千鶴を見て思う。そうだ、親父さんの事が何も分からない上にまだ新選組の中で出来る事が限られている千鶴が、不安を感じないわけがないんだ。いくら気丈に振舞っていても千鶴は普通の女の子なんだ
当たり前すぎる事実を忘れていた自分にムカつくと同時に、そんな千鶴を励ましてやりたいと思った。オレと千鶴は年も近いし、他の幹部の人たちと比べると親しく接する事が出来ているとオレは思っている。オレに出来る事なら何でもしてあげたい

「なぁ千鶴。何かあればオレに言えって!困ってる事とか不安な事とかさ。全部は解決できないかもしれないけど、相談には乗れるし!な?」

そう言うと、千鶴は一瞬驚いた様な顔をした後、それでもすぐに笑って頷いてくれた

「ありがとう、平助君。・・優しいね」

そんな千鶴の笑顔を見た瞬間、少し顔が熱くなった気がした
その熱を振り払う様に立ちあがって千鶴の手を掴んで部屋から出る。慌てた千鶴が何か言ったけれど、聞かなかった振りをしてそのまま走る。確か今日は左之さんが買ってきた菓子があったはず。それを一緒に食べながら、千鶴の話を聞いてやりたい。ただ単純に、そう思った