きらきらひかる





ふわふわとした世界の中、瞼に何かが触れた気がした
それに導かれる様にゆるゆると意識を手繰り寄せる。暖かなベッドの中で素足をこすり合わせ、小さく腕を伸ばす。そうしてやっと瞼を押し上げて、一番最初に目に入ったのはベッドに腰掛けるシャツを羽織った広い背中だった

「ん……」
「ルル…?すみません、起こしてしまいましたね」

言いながら振り返り、エストはルルの髪を柔らかく撫でる。その心地よさでまた眠りに落ちそうになりながら、ルルは少し掠れた声でおはようと呟く
それに苦笑を交えつつ答えたエストは袖口のボタンを止め、乱れを正す。いつもの白いシャツ姿のエストは、それでもまだベストやマントを羽織っていないせいか未だぼんやりとしたルルには酷く眩しく見えた
昔は自分とあまり変わらなかったのに、今ではすっかり男の人になってしまった広い背中を見つめる。抱き着いても頑張って伸ばさなければきちんと腕が回らなくなってしまった。それを少し寂しいとも思うけれど、大人になって精悍さと頼り甲斐が増したエストの姿を見るとやっぱり格好いいと感じる
そんな事を思っている間に少しずつ意識がはっきりとしてきた。ゆっくりと身を起こすと毛布が肩から流れ落ち、つられる様にネグリジェの肩紐も腕へと流れた。それにルルが気付く前にエストは肩紐を元に戻し、絡まりかけた柔らかい髪を緩く撫でてから指先に絡めた

「今日は特に予定もありませんし、もう少しゆっくりしていても大丈夫ですよ」
「うん…」

言いながら、考える。もう一度ベットに潜り込んでしまうのも気持ちが良くて良いかもしれないけれど、でも今はこのままエストの傍でのんびりと過ごしたかった。こんなに余裕を持って朝を過ごせるのは休日でも珍しいのだから。それにエストは一週間後にはまた狂信派の元へと行ってしまい、三週間ほど会えなくなってしまう。それはやっぱり、寂しい

「ルル…?」

そのまま殆ど無意識のうちに広い背中を抱きしめる。襟を正していたエストは少し驚いた声を上げたけれど、ルルが無言で背中に頬を当てているのを理解するとそれ以上は何も言わずにただ受け入れた
ふたりとも何も言わず、暫くの時が流れる
お互いの体温が混ざり合い、掠れていた心が柔らかくなってから、ルルはそっと背中から離れた。気付いたエストがもう良いのかと目線だけで訪ねてくる。それに微笑みを返してから、彼の隣に座り直す

「あ、まだ前髪は止めていなかったのね」

数年経っても変わらず留められている前髪が、今はまだ縛られる事無くエストの額で揺れていた。その癖のない黒髪を眺めていると、つい好奇心が膨らんでしまう

「ねぇ、エスト。やってみても良い?」

何が、と言わずとも意図を察したエストは一瞬迷いながらも髪留めを差し出す。それを受け取りながら彼の前に立つ。少し屈んで目線をエストの頭に合わせる。前髪をそっと一房手に取ると、エストは軽く身じろいだ

「あっ、ごめんなさい、くすぐったかった?」
「いえ……大丈夫ですよ」

言って、微笑まれる。至近距離でその笑みを見てしまい内心たじろぎながら、ルルは意識を前髪へと集中させた。自分があまり器用ではないという事はきちんと分かっている。だから他の事に気を取られたりせず、落ち着いてやらなければ
エストの髪はルル程ではないけれど柔らかく、指から簡単に零れ落ちてしまう。エストは昔はこの髪飾りを六個も着けていた。いつ見てもそこに乱れはなくて、改めて彼の器用さを羨ましく思う

「うー……」

掬っては零れ、また掬っては零れる
何度も繰り返している内に指には余計な力が入り、ますます上手くいかない。知らず口が尖り不満そうな声を漏らしたルルを見てエストは小さく笑った

「ルル。もう諦めたらどうです?」
「で、でもっ」
「もう十分乱れてしまっているでしょう?」

そう言われてしまってはルルは何も返せなくなってしまう。事実エストの前髪は流れが乱れ、少し不恰好になってしまっている。これ以上状態を悪化させてしまうのは申し訳がない
そっと髪留めを返すと、エストはもう一度微笑んでから前髪を指先で整え、一切の淀みも無くあっさりと留めてしまった

「やっぱりエストは器用だわ…」

彼が前髪を留めているのは今までも何度か見た事があるけれど、ここまで間近でじっくりと観察したのは初めてだった。そして改めて自分との違いを実感する

「ルルは相変わらず不器用ですね」
「もうっ!今は慰めてくれても良いと思うの!」
「そうですね。ではお望み通りに」
「へ……っ」

むくれていたルルの腰をエストはあっさりと捕まえた。そのまま引っ張られ、彼の足に座る形になる。先程よりもエストの顔が近くなり、吐息すら感じられる距離でルルは目を見開いた
そんなルルの様子を笑みを浮かべたまま見たエストは身じろぐ彼女をしっかりと捕まえてから、むき出しの肩に唇を寄せた。暖かで柔らかいそれに息を呑み頬を一気に染めたルルはすぐそこにあったシャツを無意識のまま握りしめる

「さて。どんな慰め方が良いですか?」
「あ……うぅ…」

意地悪な顔で問われ、何も言えなくなってしまう。やっぱりエストはずるい。昔はあんなに可愛かったのに、今はこんなに簡単にルルを揺さぶるようになってしまった
以前冗談で言っていた事だけれど、これなら本当に魔王になってもおかしくはないとルルは思ってしまう。エストならそれが出来てしまうんじゃないかと。けれど可愛さが薄まっても、魔王に見える瞬間が有っても、エストはエストだ。それが変わる事は絶対に無い
腕を首に回して抱き着く。赤くなった顔は首元に埋める。今のエストはなんだかとても色っぽい表情をしていて、こんなに近い距離で見つづけるのはとても恥ずかしいから。 エストは苦笑をしたけれど何も言わず、ただルルの頭を撫でた。その温もりを感じていると少しずつ心が落ち着いてくる。そっと目線を上げると、朝日を映した髪留めが優しく光った