探し物は僕の手の中にある





ゆるりと意識が覚醒し始めて最初に目に入ったのは、すぐ目の前で影を作っている綺麗な睫毛だった
自分の方が先に起きるなんて滅多にない事だから何よりもまず先に嬉しさがこみ上げてくる。何が嬉しいのかって聞かれれば困ってしまうけれど、でもとにかく普段出来ない事が出来て見られないものが見られるなんて嬉しい以外の何物でもない
眠りが浅くてちょっとした事でもすぐに目が覚めてしまうエストが自分の前ではこんなにぐっすり眠っている事も、嬉しい。……というより、しあわせで
じいっとそのきれいな顔を見つめる
そしてやっぱり可愛いよね、と改めて思う。勿論本人には言わないけれど。そう言うと拗ねてしまうという事はもうちゃんと覚えている
でもここのところのエストは可愛さよりももっと違う、男の人の部分が大きくなってきてる気がする。背だって伸びたし、肩も広くなったし、声も少しだけ低くなった。顔立ちも丸みが薄れ、スッとした気がする。ふとした瞬間に、あ、男の人だって思う事が増えた
それでも今こうやって眠っているエストはやっぱり可愛くて、声には出さない様にふふと笑う

カーテンの隙間から光が少し差し込んでいて、エストの黒髪を照らしている。枕に当たって外に撥ねてしまっているのを見つけてそっと指先で撫でてみる。つやつやの髪は指に押されるまま真っ直ぐになるけれど、離した途端またピンと立ってしまった。きっとこれは水でぬらさなきゃ直らない
しばらくそうやって遊んでいたけれど、しつこくやっていたらエストが起きてしまうかもしれない。そろそろやめた方が良いかな、と思って毛先から目を逸らすと、シャツがずれて肩が大分出てしまっている事に気がついた。最近はもう暖かいけれど、それでもやっぱり朝は少し冷える。風邪をひいたらいけない。そっとシャツを上に引っ張る。起こさない様に、そうっと
うん、やっぱり肩が広くなった。それに昔より丸みが薄れて、堅そうな形になっている。エストは昔よりは良くなったとはいえ今でもあまり食べる方ではないのに、しっかり体は男の人になってる。そんな事を改めて考える

そろそろ起きて、顔を洗って着替えよう。エストの心配ばかりしていたけれど、ルル自身も今はネグリジェ一枚。ベッドの中なら寒くはないけれどずっとこのままでいるのもきっと良くない
エストに背を向けてそーっとベッドから足を出す。思っていたよりも部屋の空気は冷たくなっていて、ちょっとだけ驚いた。急いでふわふわのスリッパに素足を突っ込んでちょっと一息
部屋の温度に体が慣れるのを待ってから、改めてベッドからの脱出を図る。こういうのはゆっくりやるのはあまり良くない。一気にバッと勢いをつけた方が良い。一気に、けれどエストを起こさない様に気を付けながらそうっと……これを同時にやるのは少し難しいけれど、多分大丈夫と良く分からない根拠で自分を勇気づけて軽く腰を浮かせたルルの手を、ひんやりとしたなにかがゆっくりと掴んだ

「…ルル……?」

その冷たさに少しびっくりしたルルが振り返ると、ぼんやりとしたエストの瞳がルルの指先を見つめていた

「エスト?ごめんなさい、起こしちゃったのね」

未だ焦点が定まり切っていないエストがゆっくりとルルを見上げる。そして少しの間を置いてから、おはようございますと少し掠れた声で言った。それに返しながら、体ごとエストの方へ改めて向き直る

「……エスト?」

それ以上何も言わないからなんだか気になって名前を呼ぶと、エストはそっと微笑んだ。その笑みがとても綺麗で、あたたかくて。それだけでとても満たされた気がした
そこでふと、さっき直したシャツがまた落ちかけている事に気付いた。多分手を伸ばした拍子にずれてしまったんだろう。もう一度直そうと体を動かそうとした瞬間、掴まれていた手に少し力が入った

「エスト?」

思わず声をかけると、その力はすぐに緩んだ。けれどエストの目はじっとルルを見ている

「もう、起きるんですか?」
「え、っと……」

何となく言い淀んでしまった。さっきはベッドから出る決意をしたのに。エストの瞳はまっすぐにこちらを見ていて、なんだかとてもドキドキする。可愛いなんてとても言えないエストの瞳。まっすぐで、澱みがなくて、どこか鋭さがある様な気がするエストの瞳。どうしたらいいか分からなくて目を泳がせる

「…ルル」

そっと名前を呼ばれた
はっとしてそちらを見ると、エストはとても穏やかに、柔らかく微笑んでいた
その笑みを見たらなんだかいろんなこと…そろそろ起きなければいけない時間だとか、自分の寝癖が気になるだとか、そういうことがどうでも良く思えてしまって、ルルはのそのそとベッドに入り直した
エストは少し体をずらしてスペースを空けて、ルルを受け入れる。胸にぴたとくっついたら腕を背中に回されてどきりとした。エストの腕は昔より逞しくなった。男の人の腕に、なった
そう思ったらますます顔が熱くなってしまって更にエストの胸に顔を押し付けてキュ、と目を閉じる。早くこのドキドキが収まる様に、と念じてみるけど効果は無く、それどころかどんどん大きくなってきている様な気がする。どうしよう。いつもはこんな風にあまりならないのに
そうやっておろおろするルルの髪に軽く口付けながら、エストはそっと微笑んで抱きしめる腕にもう一度力を入れてから、ゆっくりと瞼を下した





title by それでは、これにて
イラストを頂きました