見えない場所にいきたくはないから
「エストエストー!」
遠くから聞こえてくる明るい声に嫌な表情をしながらも本気で逃げようとしない理由は、もうとっくの昔に知っている
「またあなたは…飛びかかるのはやめてくれと何度言えば理解するんですか」
「ごめんなさい。でも、エストの後ろ姿が見えたからつい!」
飛びついて来たルルに倒され下敷きにされながら溜め息をつくと、ルルはもう一度ごめんね?と謝った。もう何度目かも分からないやり取りにまた溜め息がもれる
そろそろルルひとり分くらい受け止められるくらいの力を身につけた方が良いかもしれないと言う事を思いついたが、それではまるでルルが飛びつく事を当り前と考えその為の準備をすると言う様な事ではないか。そんな思考に至ってしまった自分にも溜め息が出そうになる
そう脳内でぼやく僕の上に乗ったまま、ルルはニコニコと話し始める
「あのね、今日はデザートにパフェが出るんだって!一緒に食べようっ」
「結構です」
「流石に街のカフェで売ってるサイズよりは小さいらしいんだけどね、プーペさんが作ってくれるんだからきっと絶対おいしいわ!」
「結構です」
「こんな機会滅多にないと思うの。だからエストも一緒に食べないと!」
「ですから僕は結構です」
会話のキャッチボールがまるで出来ないままルルは話し続ける
ルルの社交性は高い方だと思っている。まして僕とは比べ物にならないほど。なのにどうしてここまで噛み合わないのだろう
日に透けるピンク色の髪を見ながら考えたけれど、答えが出てくる気配はまるで無い
「ねっ、エスト!」
「僕が甘いものが苦手なのは知っているでしょう」
「知ってるわ。知ってるけど…でもプーペさんのパフェを食べ逃すなんてとてももったいないと思うの!」
そんな事を力説されても困る。実際、僕はプーペが作ったパフェを食べ逃したところできっと何の感慨もわかないだろうから
これはプーペのパフェに限った事ではなく、食事全体にも言えることだけれど
ルルだって僕が食事に対しての興味が薄い事は知っているはずなのに、時折こうやって僕を巻き込もうとする
「…ルル」
「好き嫌いは良くないわ。エスト」
「そういう問題じゃありません」
「でも…」
大げさに溜め息をついて止めると、ルルはまた何か言い続けようとしたがそれをのみ込み、シュンとした表情を浮かべ僕を見る。そんな顔をさせたい訳じゃない。どうするべきか分からず、内心で酷く動揺する
そんな僕の動揺に気付いているのかいないのか、ルルは胸元のシャツを握って言う
「押し付けるような事言ってごめんなさい。でもね、私がおいしいって思うものや好きなものを知ってほしいの。少しでも一緒に…共有したいの」
「ルル…」
「私はエストの好きな事や好きな物を知りたいわ。今よりももっともっと。エストは欲が無くて分かりづらいから、余計に知りたいの。ただ一緒にいるだけでも嬉しいわ。それは本当よ。でもね、もっと知りたいし知ってほしいわ」
そこまで言うと、ルルは僕の胸に顔を押し付けて黙り込んでしまった
ふわふわのピンク色が頼りなく風になびく。それを見つめたまま、言葉が出ない。何か言わなくてはいけないと言うのは分かっているけど、何も出てこない。こういう時ビラールの様に上手い言葉をあげられたらどれほど良いのだろう。そう思っても、今の僕が持っているのは今の僕が知っている言葉だけだ
「わがままかな、私…」
「……そうですね」
「もうっ!そんな事ないよって言ってほしいわ!」
「僕がそんな気休めを口に出来るほど器用ではないとあなたは知っているでしょう?」
「…うん。知ってるわ」
顔を上げたルルは予想していたよりも随分と明るい表情になっていた
いつもこうだ。僕がどうしようかと迷っている内に、ルルの感情はころころと変化する。とてもついていけない。けれどその変化を見るのは楽しいと感じている。僕には無いものだからかもしれないが、本当の理由は自分でも分からない
「ごめんね。頭打たなかった?」
「…今それを聞くんですか?」
「なんだか気になっちゃったの!大丈夫?」
「そうですね。少し打ちましたが慣れたので平気です」
「なら良かった!ね、寮まで一緒に帰りましょう」
起き上がると、ルルはマントを軽くはたいてから僕に手を差し出した。少し考えてからその手を掴むと、その小ささと温かさに妙に安心した
僕が立ち上がるとルルはすぐに手を離して一歩前に進んだ。オレンジ色の夕日に染まるピンク色の髪の毛が気ままに揺れる
「このままゆっくり歩いたらちょうど夕飯の時間になるわ!」
「そうですね」
「さすがにサラダ以外も食べなきゃ駄目だからねっ」
「ええ、分かりました。……パフェも少しくらいなら食べますよ」
「ほんとっ!?」
どれほど驚いたのか、勢いよく振り向いたルルは大きく目を見開いていた
なんだかその反応が恥ずかしくなって顔を逸らした僕に勢い良く抱きついて、ルルはその腕に力をいれた
「ちょ、ルル!」
「嬉しいわエスト!ありがとうっ」
「良いから離れてください!窒息させる気ですか!」
「私はエストにそんな事しないわ!」
「現に今しているでしょう!」
貼りつくルルをどうにか引きはがしながら寮に辿り着くと、調度出くわしたビラールがルルの顔を見て「ナニか良い事がありまシタか?」と朗らかに聞いてきた。そしてそれに満面の笑みで頷くルルと、そのルルの反応を見て何かを悟ったらしいビラールの笑みを見て、やはりあんな事は言うべきではなかったと今更の後悔がわいた
プーペのパフェは予想以上に甘く、二口が限界だった
僕が残したそのパフェを綺麗に食べながら、ルルはとても満たされた様な笑みを浮かべていた