触れられてる部分が、もうどうしようもないほど熱くて
アベルが目を覚ましてから数日、カインは一日に何度もアベルの部屋に行って彼の面倒を見ている。アベルは少しずつ体力も回復してきていて、今では日中ずっと起きている事も出来るくらい元気になってきた。私の顔を初めて見た時は戸惑った様子だったけれど、すぐに受け入れてくれた。その事がとても、嬉しかった
「双葉」
「あ、黎明」
小ぶりな土鍋の乗ったお盆を持ってキッチンへ向かっていると、後ろからやってきた黎明が声をかけた。そして自然な動作で私の持っていたお盆を受け取ると、歩幅を合わせて隣を歩いてくれる
「ありがとう、黎明」
「いえ。彼の様子はどうですか?」
「ゆっくりだけど、少しずつ元気になってきてるよ。このお粥も全部食べてくれたみたいだし」
「そうですか。良かったですね、双葉」
「うん」
黎明と司狼は最初こそカインがこの屋敷で暮らす事を良くは思っていなかったみたいだけど、NEDEから戻ってきてアベルの看病をしている今ではそんな事はもう思っていない様子だった
キッチンへ行くと、司狼が紅茶を入れるためのお湯を沸かしていた
「お、双葉ちゃん」
「司狼。いたのですか。てっきりまた出かけていたのかと思いました」
「おいおい、なんだその冷たい目は、黎明」
「連絡もなく外出するのはあなたの癖でしょう」
黎明の言葉に大げさにため息をつく司狼の横を通り過ぎて流し場に向かって土鍋を洗おうと蛇口に伸ばした私の手を黎明が止めた
「双葉、僕がやりますよ」
「え、良いよ、これくらい」
「そーだぞー。水仕事はお肌によくねぇからな」
「大丈夫だよ。それに、私がやりたいの」
「・・そうですか」
すぐに諦めてくれた黎明は小さく笑みを浮かべると、司狼が用意していたポットに水を足した。たぶん、私の洗い物が終わった後に一緒に飲むお茶の分だと思う。黎明も司狼も、なんだか最近丸くなった気がする。変な緊張感が抜けたと言うか、前よりも精神的にリラックスしているように見える
「あの坊主は元気か?」
「うん、元気になってきてるよ」
「そっか。嬉しいな、双葉ちゃん」
「うんっ」
洗い物を終えて手を拭っていた私に黎明はウィンクをしながらそう言う。黎明も司狼も、やっぱりアベルの事が気になるのかこうやって毎日聞いてくる。けれど直接カインには未だに聞く事が出来ないらしい。仲が悪いと言う訳ではないけれど、かと言って友達と言うにはまだ何かが足りない様な、カインと黎明達はそんな微妙な関係だった
「双葉、クッキーを焼いたので食べませんか?」
「うん、もちろん」
紅茶とクッキーを持った黎明を先頭にして、サロンに移動する。その途中でカインも呼ぼうかと思って一度足を止めたけれど、アベルと一緒に居る時間を邪魔しちゃいけないと思ってすぐにふたりの後を追った。そしてサロンに足を踏み入れた直後、何の前触れもなく視界を奪われた
「ふーたばっ」
「ひゃぁっ!?」
右手で私の両目を覆って、そして左腕で私の腰を抱きしめる様に捕まえて、いつの間にかすぐ後ろにいたらしいカインが明るい声と共に現れた。目の前が真っ暗だから確認できないけれど、多分今のカインはとても無邪気に笑っているんだと思う
「か、カイン!?急に何するのっ!放してっ」
「酷いな双葉ー。ボクに内緒でお茶しようとするなんて」
「それはっ・・・と、とにかく放してってば!」
「んー、どうしようかなぁー」
「カイン!」
何とか説得してみようとするけれど、効果なし。と言うより、なんだか腕の力が強くなっている気がする
カインにこうやって触れられる事にまだ慣れていないし、それに今の私には見えていないけれど目の前には黎明と司狼がいる。恥ずかしさから頬が熱くなるのが自分でもわかる。逃げようにも私の腕力でカインに勝てる筈もなく。ただ彼の腕の中でもがく事しか出来なかった
「ねぇ、ユグドラシル。ボクにも紅茶を入れてくれるかな」
「・・構いませんが、その前に双葉を放してください」
「嫌がる女の子を無理矢理、ってのはよくねぇな」
「嫌がる?双葉が?」
未だ真っ暗な世界にいる私の耳にどこか静かな黎明と司狼の声が届く。そんなふたりの言葉を聞いて、カインはなんだか面白そうに笑った。そして私の耳元に口を近づけると妙に掠れた小さな声でささやく
「嫌なの?・・双葉」
「んぅっ」
耳たぶに当たる吐息とか抱き締める腕の暖かさとか目の前に居る筈の黎明と司狼の存在とか、そんな全てのものが恥ずかしく感じて酷く動揺する私をやっと解放すると、カインはとても楽しそうに笑っていた
「もう、なにするのっ、カイン?」
「あはは、冗談だよ、双葉。ごめんごめん」
「もう・・・」
乱れた髪の毛を直しながら振り向くと、黎明は眉間に深い皺を刻んでこちらを睨んでいて、司狼は苛立たしそうに椅子の背を指先でコツコツと叩いていた。しかもその視線は私ではなくて、私の後ろに居るカインに向けられている
「・・どうしたの?ふたりとも」
「あっ・・・・いえ」
「ちょーっとな、タチの悪い虫をどうすれば良いかと思ってな」
「虫・・・?」
いまいち意味が分からずにキョトンとしていると、カインが私の頭に手を乗せた。そして髪の毛を撫でながら、穏やかに笑う
「双葉、そろそろ座ってお茶にしよう」
「う、うん」
促されるままソファに腰掛けると、黎明はカインの分のお茶を入れるためにキッチンへ向かった。そしてカインの正面に座った司狼はどこか不機嫌そうにカップに口をつける。なんだか、妙な雰囲気
「あ、そうだ。このクッキー、アベル食べられるかな?」
「ああ・・そうだね。アベルは甘いものが好きだったから」
「じゃあ後で持って行ってあげよう」
「うん、きっと喜ぶ」
そう言ってとても優しい笑みを浮かべるカインを一瞬ぽかんと見つめた後、司狼はなんだか諦めたような苦笑を浮かべてクッキーを一枚口の中に放り込んだ。そしてもう一度私の髪を撫でていたカインに言う
「ま、双葉ちゃんを泣かせたら容赦はしねぇよ」
「そんな事は絶対にしないから、キミは安心していて良いよ」
「・・・・何の話?」
「なんでもないよ」
そうカインが言ってから暫く経って部屋に戻ってきた黎明は、柔らかく微笑むカインと苦笑を浮かべながらもさっきより雰囲気が柔らかくなった司狼を、何か妙なものでも見るような目でぽかんと見つめていた
title by 彩時雨