たとえばそんな日々を





「真奈?」

正面から走ってくる人影が暁月だと真奈が気付くのと、その暁月に声をかけられたのはほぼ同時だった

「なにやってんだ、お前」
「なにって、コンビニ行ってきたの」

持っていたビニール袋を持ち上げながら言うと、暁月は呆れたように溜め息を吐いた。それも物凄く露骨な。その反応にむっとした真奈が何か言うよりも先に暁月が口を開く

「こんな時間にかよ…。大体なに買いに行ったんだ?」
「お菓子だよ!」

ガサ、と音を鳴らして更に袋を暁月の方へ突き出すようにすると、暁月は中を覗き込んでからもう一度溜め息を吐く。真奈は一体どうしてこんな呆れられなければいけないのかと納得いかないまま暁月をこっそり観察する
ランニング中の暁月の恰好は見慣れたジャージ姿。暁月が夜のランニングを日課にしている事は知っているけれど、こうやって偶々会うのはもしかしたら初めてかもしれない。首にかけたタオルで垂れてきた汗を乱雑に拭うその仕種に一瞬どきりとしたけれど、無意識の内に気のせいだと脳味噌が処理した

「お前、こんな時間に食うと太るぞ」
「今は食べないよ!学校に持っていく分」

真奈は甘いものが好きだ。鞄にはいつも何かしら入っていて、昼食後それをつまむのは常だった。そしてそれを暁月がもらうのも、常だった

「だからって多くないか?本当に太るぞ」
「一日で全部は食べないよ。それにいっつも暁月が半分とっちゃうじゃない」
「おい、流石に半分は言いすぎだろ!」

反論を無視して暁月の横を通り抜けて家へと向かう。暁月とは喧嘩友達の様なものでいつもこんな調子だけど、夜の十時も過ぎたこの時間、しかも外で喧嘩を続ける程真奈は非常識ではないつもりだ。住宅街の夜はとても静かだから話し声ひとつでも案外目立ってしまう

「真奈!」

すたすたと歩く真奈の肩を暁月が掴んだ。その力が思いのほか強くて驚いて振り向くと、暁月自身も驚いた様な困った様な曖昧な表情を浮かべていた。その表情にも行動にもどうしたらいいか分からず黙っていると、少しの間の後そっとその手を離して暁月は真っ直ぐに真奈を見て言った

「送ってく」
「え…」

ほんの少し前の戸惑った表情とは全然違う真剣な顔で言われて、思わず間の抜けた反応をしてしまう。そのままさっきの真奈の様に歩いて行く暁月を慌てて追う

「あ、暁月っ、良いよ別に。家近いし、それにランニングは?」

真奈の家からコンビニまではゆっくり歩いても十分もかからない距離にある。遅い時間に娘が家を出ようとしても両親が特に何も言わない様な距離だ。それに暁月は真奈の進行方向から走って来た。本来彼の通るルートは今歩いているものの逆の筈だ。暁月の日課であるランニングの邪魔をしてしまうのは真奈の本意ではない

「暁月!」

追いついて腕を掴むと、暁月は何故か拗ねた様な表情をしていた。そしてそのまま、さっと真奈から目を逸らす

「暁月…?」
「良いから!おいてくぞ」
「え、ちょっと!」

むすっとしたまま歩いて行く暁月の顔を横から覗き込む。初めは真奈の視線なんて無視していた暁月だが粘り強く見つめ続けた真奈に根負けして、大きなため息を吐き出した

「お前…いつも出かけてんのか?」
「え?」
「だから、こんな時間に」
「え、あー……たまに?」

実際そこまで頻繁に出かけているという訳ではない。けれど凄く珍しい事だと言える頻度でもなく、なんとなく曖昧に返事をしてしまった真奈を暁月が睨むように見つめる

「お前さぁ…」
「な、なによ」
「いちおー女なんだろ?気をつけろよ」
「……なにを?」
「なにをって……はぁ」

呆れる暁月に何か言い返そうとした真奈の頭を暁月が乱暴に撫でる。髪が乱れて慌てた声を上げる真奈を無視して、暁月は今晩何度目か分からない溜め息を吐いた

「ちょっとは気にしろって話だよ、ばーか」
「なっ、ばかってなによ!」
「ばかはばかだろ?ホラ着いたぞ、さっさと入れって」

言い合っている間に真奈の家まで辿り着いていた。真奈はやっぱり大した距離じゃないんだからと内心思ったが、口には出さなかった。これ以上何か言っても、きっと埒が明かない事は分かっていた

「じゃあな」
「ん、じゃあね」

一度真奈の背中を軽く押すと、暁月は来た道を走って戻って行く。それを見て、忘れかけていた罪悪感を思い出した。暁月のランニングを中断させてしまった事を謝ろうにもなんだか今更な時間と距離が空いてしまった。どうしようかと考えを巡らすと、袋の中の赤い箱が目に付いた

「暁月っ!」

それを掴んで思いっきり投げる。不安定な軌道を描いた赤い箱を、暁月は難なくキャッチした。そしてそれが何かを確認すると、軽く吹き出すようにして笑う

「送ってくれてありがと!おやすみっ」

真奈の言葉に手を振って応えると、暁月は走り去る。その後ろ姿が完全に見えなくなるのを確認してから真奈は自宅の門を開けた
きっと暁月は今のポッキーを明日学校に持ってくるだろう。そして昼休みに食べる時、いつもの真奈の様にそれを分けてくれる。暁月はそう言う人間だと、真奈は今までの長い付き合いで分かっている
変に気負うことなく接する事が出来て、一緒にいてなんだか楽しい暁月の存在は真奈の生活にとってある程度大きなウェイトを占めている。暁月自身が真奈をどう思っているかなどまだ考えた事はないが、真奈は自分が今のこの関係に満足していると思っている。毎日自然な流れで暁月と接する事の出来る今で充分だと、そう思い込んでいる